シリコンバレーでのエンジニア人生、日本とは別世界



20160610

    前回は90年代から今までインターネットによって世界のIT業界の構図が大きく変わったことをざっと述べた。

    技術とビジネスモデルのイノベーションでは、米国がその他の世界をどんどん引き離し、飛び抜けた存在になっている。一方、日本は得意だった製造業で台湾と韓国に追い付かれた。さらに中国が急速に追い上げ、世界の製造工場までに成長した。日本は上流のイノベーションと、下流の製造に挟まれている格好だ。ま た、米国は製造業を復活させたい。中国などはイノベーション力を高めたい。中間の隙間がどんどん狭くなりつつあり、日本企業は非常に苦しい戦いを強いられている。

    アベノミクスは為替と金融の点で日本企業を支援してきたが、肝心なのは、技術とビジネスモデルでイノベーションを巻き起こすことだ。それらなしでは、為替と金融による支援も息切れしてしまうだろう。これから、世界のIT産業の構図は大きく変わる見通しで、5年後もしくは10年後に誰が生き残っていけるか 全く予測が付かない。

    これからの数回、日本とシリコンバレーのエコシステム上の違い、および1990年代以降、2つのエコシステムの各方面の変遷を比較しながら掘り下げていく。その中から、日本企業に残るソリューションが見えてくるだろう。

技術者で年収数億も

    まず一番重要なのが、優秀な人材の確保だ。人材確保のカギとなるエンジニアの収入について、シリコンバレーと日本の変遷をライブ感覚で再現してみよう。 1995年7月に私がシリコンバレーに着任した時、シリコンバレーのエンジニアの平均年収はおよそ3万~6万米ドルだった(ストックオプションなどは含ま ない)。一方、日本のエンジニアの年収は400万~800万円だった。当時は1米ドル85円前後の超円高の時代で、日本のエンジニアの高給ぶりが目立って いた。

    20年ほど経た現在、その状況は完全に逆転した。シリコンバレーのエンジニアの年収は10万~25万米ドルになり、飛び切り優秀な人は200万米ドル (約2億円)超となった。ストックオプションなどを含めると、NFLやNBAとMLBなどのスター選手に並ぶことになる。対して、日本のエンジニアの年収は、大手企業ではほとんど上がらず、中小企業ではむしろ徐々に減ってきている。

    若い人たちはやがて結婚して子供が生まれ、家を買う。この20年間、シリコンバレーの住宅価格は5~10倍に高騰した。逆に日本の不動産価格は7割ほど下落した。シリコンバレーのエンジニアは、会社からストックオプションを受ける。スタートアップ企業に早期に参加した人ほど、多くのストックオプションをただに近い値段で手にできる。会社がIPO(新規株式公開)すると、たちまち億万長者になってしまう。シリコンバレーではこの20年間に数十万~百万人超の億万長者(数百万米ドル相当の資産家)が誕生している。若いエンジニアも少なくない。彼らは確実にアメリカンドリームを実現している。もし二人のエンジニアがそれぞれシリコンバレーと日本で同様に20年間働いたとすると、収入総額の差は10~100倍以上にもなる。これはとても痛々しい現実である。

    日本企業の社員の収入はかっては世界でも一流だったが、もはや二流に転落している。人件費が上がってきた台湾や韓国の企業、そして最近になって追い上げてきた中国企業との差も縮まっている。皮肉なことに、それが日本の製造業にとって、少しの助けになっている。それでも、日本で人件費が安いことは決定的な競争力にはならない。むしろ、イノベーションと研究開発に必要な超一流、ないしは一流の人材をキープするには非常に不利になる。実際のところ、日本の優秀な人材が外国企業にスカウトされ、流出するケースが少なくない。その逆、つまり外国から優秀な人材を日本に迎え入れることは現状では極めて難しい。

ライスワークとライフワークの差がイノベーション力の差に

    人間には一般的に2つ“ワーク”を持っている。1つは食べていくために働くことであって、その意味を基に“ライスワーク(rice work)”とも呼ぶ。もう1つは自分のやりたいことをする、人生の意義を高めるためにするワークで、“ライフワーク(life work)”と呼ぶ。シリコンバレーにいる若い人は、優れたエコシステムの中で、割と早い段階で、十分な資産を築き、ライスワークが不要になる人が多くいる。彼らはいち早くライフワークに専念でき、いろんなアイデアとインスピレーションを持って新しいスタートアップに打ち込めるわけである。一方、日本では、優秀な若者でも大学を卒業後大企業に入り、定年までライスワークをこなしていくしかないのが一般的な人生である。これは、イノベーションを生み出す力の点で大きな差となりかねない。

シリコンバレーだからこそ挑戦可能に

    私の体験でも、週末によくバスケットボールを一緒にプレーする若いエンジニアたちがいた。彼らは最初は安いアパートに住み、おんぼろの車に乗っていた。ところが、3~4年経つと会社がIPOし、いきなり億万長者になって、広い邸宅に住み、高級車を乗り回すのだ。また、30代後半~40代前半にして、既にリタイアして世界を旅行している人がいる。ただ、およそ1~2年間放浪した後、新しいスタートアップの立ち上げに挑戦する人が多い。彼らを“鯉”に例えると、シリコンバレーという川(エコシステム)にいるからこそ、“龍門の滝登り”に何度も挑戦できる活きのよい鯉だといえる。同じエンジニアでも、他の川 (エコシステム)では一生ライスワークに追われる平凡な鯉になってしまう。

失業はむしろチャンス

    もちろん、挑戦がいつも成功するとは限らない。米国企業にはレイオフが日常茶飯事だ。何度もレイオフを経験する人も珍しくない。私は最初、そうした状況に「なんて残酷で、恐いことだ」と感じていた。ところが彼らの行動をつぶさに見ていると、レイオフ期間にはさまざまなオンラインのクラス、あるいはオフラインのクラスに入って、知識やスキルのアップデートに勤しんでいる。レイオフされた人は会社から2~12カ月分の月給を補償金として支払われるのが一般的で、さらに6~12カ月(オバマ大統領になって米政府は一時、最長24カ月に伸ばした)の期間、失業手当を受けられるため、経済的な不安は少ない。

    レイオフがきっかけで新しい知識とスキルが身に付き、それが新しいチャンスを呼び込んで輝かしい人生につながるケースも少なくない。レイオフは職業人生 のピリオドではなく、むしろスポーツゲーム中の“タイム”である。その間、新しい知識やスキルの獲得に加えて、心の持ちようやキャリアパスの方向性を見直すこともできる。職業人生に対するとても貴重なターニングポイントになっている。

    一方、日本では多くの人が、大学を出て会社に入り、そこで定年になるまで働き続ける。研修などはあるが、さすがにレイオフされた人が死にもの狂いで勉強 するのとは真剣さや効果が違う。知識とスキルのアップデートの頻度や選択の幅、質にも大きな差がある。技術の進歩が日新月異†の現代には、シリコンバレーと日本のどちらが適しているかは一目瞭然だ。こうした差がまた技術とビジネスモデルのイノベーションに結構影響してくる。(次回に続く)

日新月異=中国語で、変化のスピードが非常に速いようす。日進月歩