日本企業復活のカギはシリコンバレーを“泳ぐ”こと



20160519

    何かの縁で1995年に会社の派遣でシリコンバレーに着任した。アメリカは1992年の不況を克服して、ちょうど景気が上向き始めているところだった。当時のシリコンバレーはYahoo!社が発足してまだ2年目という段階。ビジネスモデルもレベニューモデルもなかった。現在、米Google社の持ち株会社である米Alphabet社本社がある場所は、その当時はSilicon Graphics(SGI)社のキャンパスだった。

    それから世界は目まぐるしく動いて、インターネット時代に突入した。ところが、日本はまだ何も感づいていなかった。各企業はまだ過去の栄光とやり方にたっぷり浸かっていた。シリコンバレー在住の何人かの同僚とよく集まって議論した。このままでは日本丸が沈んでいき、我々の子供達には将来仕事がなくなるのではないのかと危惧していた。

    着任から10年が経った2005年、Google社の検索エンジンとビジネスモデルがすっかり定着し、時価総額が520億米ドルと世界最大級の企業になった。日本の電機メーカーはまだ従来の研究開発パターンとビジネスモデルにはまって苦戦していた。従来の家電商品市場では、韓国、台湾、そして中国に追撃され、市場シェアがどんどん低下していた。

    それに数年遡る1997年、スティーブ・ジョブスが倒産寸前のApple社に戻り、iMac、iPod、iTune、 AppleStore、iPhoneとiPadを次々と開発し、発表。10年のうちに同社を破綻の縁から立ち直らせた。それどころか、Google社を抜いて一躍、時価総額で世界最大級の企業になった。

    それからさらに約9年が経過した現在、日本電機メーカーは一層の苦境に立たされている。日本企業はインターネットとモバイル通信時代における発想とビジネスモデルにまだ鈍感であるため、新しい発想に基づく世に受ける製品とサービスがなかなか生み出せていないのだ。ソニーはいくらもがいても巨額の赤字の連続。シャープと東芝は破綻寸前になっている。

    2012年にドイツ政府が「インダストリー4.0(第4次産業革命)」というコンセプトを打ち出し、すべてのモノがインターネットに繋がるいわゆるIoT(Internet of Things)時代が到来した。このコンセプトがさらに米国で発展し、IoTを基にしたビッグデータ解析と人工知能(AI)技術が急速に向上しつつある。次の10~20年のうちには、ニューラルネットで構成される地球規模の“脳”が出現する可能性も出てきた。米国、中国とヨーロッパ各国はこの第4次産業革命に迅速に反応し、決して遅れまいと激走している。もし日本の産業界が、未だに従来の発想とスタイルを温存することにこだわるのであれば、世界の変化とスピードにもはや付いていけそうにない。日本に残された時間は、あと何十年だろうか。

    シリコンバレーはこの数十年の発展により、一つの大きなエコシステムが出来上がっている。クレージーなアイデアを持ってカフェでディスカッションする人たちがゴロゴロいる。その周辺には、巨額のお金を持って彼らを見つめている投資者がたくさんいる。スタートアップにまつわる法律やルールなどの知識とスキルを提供する人々も揃っている。毎年世界中から優秀なエンジニアやサイエンティスト、アントレプレナー(起業家)達が続々と入ってきて、このサークルをさらに発達させて行く。これら各種要素が複雑に交わり、正のスパイラルを発生させる。この巨大かつ強力なスパイラルが、良い技術や製品をどんどん持ち上げていき、世界中にヒットさせていくわけである。

    こうした仕組みを学びに、各国からさまざまな政府や企業の関係者がシリコンバレーを訪れている。彼らはさまざまな手法でシリコンバレーを自分の国・地域にコピーしようとしているが、成功したという例は未だに聞かない。

    それは、シリコンバレーをコピーしようという発想が根本から間違っているからだ。シリコンバレーのエコシステムは一つ大きな川のようなもの。川の中には各種の魚やバクテリア、水草などの水中生物がいて、水はもちろん、気候も含めて一つの大きな複雑な生態系を形成している。川の中の魚あるいは水中生物だけどこかにコピーしても、長くは生きられない。川全体は持っていけないからだ。

    一番効率が良いやり方は、川を移植しようとするよりも、むしろこの川に入ってサバイバルしてみることだ。我々はこの発想をプリンシプルにして行動している。